「生きがい」と「死にがい」

2016-01-14 哲学

まずは御礼から。
オレの電子書籍

『電子書籍のセクシーな稼ぎ方〜1000万部プロデューサーが教える!凡人のための最強の戦略〜』

と

オレの親友安孫子健太郎の電子書籍

『囚 人トレーニング』

の売上が30万円超えたんで、
さらに10万円をネパールの少女を人身売買から救う活動の支援にあてさせてもらいました。

本当に、電子書籍 を買ってくれた皆様のおかげです。

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では本題。

オレはよく、

「ヤル気もない」

し、

「やりたいこともない」

って言う。
やりたいことはやってるわけだし、
やってないってことはやりたくないことだし。

だから、

「やりたい」

なんて状態があるとしたら、
やりたいことがないって状態なわけ。

でも、せっかく生きてるわけだから、
楽しく生きたいじゃん。

資本主義社会だから、お金もある程度あったほうがいいし。
人は孤独だけど孤独が楽しいのは、仲間がいるからだったり。

人間は社会性の生き物だから、オレがどんなに孤独を愛してると言っても、
実際は一人では無理なわけだ。

話は戻すけど、

やりたいこと、
生きがい

を求めるってのは、ほんと無意味ってこと。
こういうのって、探すとか、求めるもんじゃないから。

さっきも言ったように、

「やりたいこと」

とかほざいてる時点で、ヤル気なんてない。

じゃあ、楽しく生きるためにどうするか。
結局、

死

を意識していくしかない。

生きがいじゃなく、死にがい

なんだよ。
そんな言葉あるのか知らないけど。

よく、

「つまんない」

とか、

「ヤル気が出ない」

なんていうけど、死を意識できれば、
そんなこと言ってられない。

オレが『超一流の二流をめざせ!』にも書いたように、
死を意識していきることでしか、生きがいなんて生まれない。

そして、生きがいなんかなくて、あるのは死にがいだけ。

そういえば、先日、デヴィッド・ボウイが死んだ。
アーティストはそのあとも作品が残る。
デヴィッド・ボウイは永遠に生き続けるわけだ。

ある意味、死にがいは、作品を残すことなのかもしれない。
だから、オレは本を書いたり、プロデュースしたりしているのかもしれない。

デヴィッド・ボウイで一番好きなアルバム。

<オレの全著作が見れる著者ページ>
http://tinyurl.com/pfolmgf

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<長倉顕太公式サイト>
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