「無責任」と言う奴が一番「無責任」

2014-03-26 哲学

最近、思うのは、オレたちは依存したいんだってこと。

考えたり、責任とったりするよりもラクだからね。

だから、子供のころから常識という意味不明な価値観を植え付けられてても意外とラクだったわけだ。

実際、バブル崩壊くらいまでは常識通りに生きたほうが経済的にも有利だったりしたわけだし。

そう、オレたちは自分で価値観を創り出すよりも、誰かの価値観に依存したほうがラクなんだ。

ただ時代は変わった。

情報操作もできない時代になり、オレたちはいろんなことを知っちまった。だから、なんかおかしいと気づきはじめた。

ところが、依存体質は変わらないから、絶対的な何かを求める。

人によってはカリスマに依存したり、人によっては薬に依存する。

前から不思議に思うのは、「無責任」という言葉。

「無責任」って言葉が悪い言葉のように使われたりする。でも、違和感を感じる。だってそうでしょ?

誰かに対して「無責任」と批判する人間は、結局、誰かに責任とってもらいたいわけでしょ。

他人の人生に責任を取れる人なんて絶対にいないのにね。誰かに対して「無責任」と言うことは、自分の人生にも「無責任」ということ。

結局、こういう言葉をとってみても、オレたちは生まれながらの依存体質なんだと思う。だから、宗教とかもあるんだろう。

結局、何が言いたいかっていうと、もっと気楽に「無責任」に生きていいんじゃないかってこと。こんな豊かな国に生まれて、我慢し続けることはないってこと。義務とかどうでもいいんだ。

結局、自分の人生の責任は自分で取るんだから。

たとえそれが、他人に依存したって、責任は自分で取るんだよ。だったら、好き勝手やったほうがいいじゃん。逆に言えば、「責任を取る」なんて言う奴が一番のインチキであり、依存者を作りたい支配者なわけだ。そうやってオレたちは支配されてきたわけだし。共感したらシェアを。

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